2009.09.18
遺稿発見
フランス文学史に名を残す耽美派作家、シャルル・カノン(1932〜2005)が大変な親日派だったのは有名な話だ。
生涯の間に来日した回数は百回を超え、長い時だと半年も滞在して、日本文化や和食を楽しんでいたという。フランス政府が核実験の再開を発表した際も、「ヒロシマ」「ナガサキ」の地名を挙げ、真っ先に抗議の意を示したのがシャルルだった。
ノーベル文学賞を受賞した代表作「哀しき四季」でも、作品中の舞台となった場所は京都の祇園である。観光でやってきた主人公のフランス人が、舞妓と恋に落ちるというエピソードは、彼自身の体験を元に描かれている。
そんなシャルルの未発表の遺稿が、先日ボルドーにある別荘から発見された。
日本への思いを綴ったエッセイ「フランスより愛を込めて」の一部と見られる原稿だが、その中で彼は「吉祥寺」について触れている。
公称されている彼の経歴と照らし合わせると、本文内の記述との間に矛盾が生じている点(※)が専門家から指摘されているが、このほど筆跡鑑定の権威、パリ大学のピエール=ウィリアム教授によって、本原稿がシャルルによって描かれたものと断定された。
ここでは以下にその一部を紹介する。
吉祥寺駅から中央線の上り電車に乗り、進行方向に向かって右側の街並みを眺めていると、突如その看板が視界に現れる。
「ソープランド 入浴料6000円」
汚れでくすんでいる赤い文字。直接的すぎる業態表記に、幾ら取られるのか想像がつかない金額表記。住宅街の一角に佇むその看板は、まるで安っぽいコントのセットのように、とにかく滑稽で場違いだ。
だが当の看板は、乗客達の失笑や冷やかな視線などどこ吹く風。ソープランドがまだトルコと呼ばれていた二十年以上前から、変わらずこの場所に立ち続けているのだ。
僕が最初にこの看板を見たのは、今から十年以上前、恐らく中学生の頃だったように思う。
「ほら、あの看板見てみ!」
仲間達と中央線に乗っているとき、誰かが指差したその先に、看板は佇んでいた。僕達はそれを見て腹を抱えて笑い、事あるごとに話題のネタにしつつも、内心では密かに未知なる性への畏怖と好奇心を膨らませていたのだった。
あの看板がある建物の中には、どんな女がいるのか?どんなことをしてくれるのか?どんなに気持ちいいのだろうか?
童貞達の想像力の限界は、所詮エロ本やアダルトビデオで得た情報の範囲でしかない。肝心な部分にはいつもモザイクがかかっていて、知り得ることができないのだ。
だが僕達が高校生になると、仲間達は一人、また一人と童貞を卒業してゆき、例のソープランドを話題に出す回数も減っていった。
性体験だけではない。煙草や酒の味。バイクで風を切る感覚。不良に殴られる頬の痛みと恐怖。そんなことをひとつ、またひとつと知る度に、未知は少しずつ未知でなくなっていったのだ。
<中略>
吉祥寺は「住みたい街」に代表される人気エリアであるが、同時に東京都市部きっての歓楽街でもある。
街の一角ではキャバクラやランジェリーパブ、ピンクサロンやファッションヘルスなどが軒を連ね、「迷惑な客引き、この街にいらない」という立て看板の周囲で、ポン引きが誰かれ構わず声をかけまくっている。ホテル街では、国籍不明の中年女性が、片言の日本語で「マッサージいかがですか?」と近寄ってくる。集合住宅のポストには、タレントの写真を無断使用した出張ヘルスのチラシが、無造作に押し込まれている。
<中略>
大衆は常に新しい刺激を求め続ける。その欲求に対応するため、産業は常に新しく生まれ変わり続けなくてはいけない。努力を怠った店は、容赦なく潰れてゆくのが常だ。吉祥寺の風俗も当然、そのようにしてしのぎを削っているのだ。
そんな中で、例のソープランドだけは、時代の流れの外部に佇み続けている。老舗の風格なのか、逆らえぬ退廃を知っての諦めなのかは定かではないが、派手なネオン看板も無ければ客引きの姿も無く、まるで同じ吉祥寺とは思えないほど、いつもひっそりと静まり返っているのだ。
店舗の前を通りかかっても、客が入ってゆく場面に出くわしたことは無い。酔っ払った若者達が、ふざけ半分で入ってゆこうとする素振りをするだけだ。
僕はそれを見ながら、横浜で死ぬまで街頭に立ち続けたという娼婦「メリーさん」を思い出す。滑稽なのだが少しも笑えず、何故かやりどころのない悲しさを覚えてしまう。そんなメリーさんの姿と重なるのだ。
<中略>
吉祥寺のソープランドに行ったことがあるという数人に話を聞くことができた。だが、その証言は十人十色だ。
若い女性が現れたという者もいれば、中年女性、あるいは老女が現れたという者もいた。サービス内容についても、ここまでしかしてくれなかったという者がいれば、ここまでさせてもらえたという者がいた。
唯一共通しているのは、店の受付には人の良さそうな老人と老婆がいたということである。
なるほど、と思うのと同時に、話を聞いたことを少しだけ後悔した。中学生から高校生。そして高校生から大人になり、僕はさらに色々なことを知った。未知はさらに未知でなくなった。せめてこの店くらい、永遠に未知のままであって欲しいという、郷愁に似た思いが過ったのだ。
<中略>
僕は毎日のように中央線に乗るが、中学生の集団が同じ車両にいると、例の看板が見える箇所に差し掛かるとき、つい彼らを観察してしまう。十数年前の僕達のように、彼らがあの看板を見て大笑いすることを期待してしまうのだが、残念ながらまだその場面には巡り合えていない。
いっそのこと看板ではなく、車内の中づり広告に「ソープランド 入浴料6000円」載せてしまえばいいのに。いや、JRが許可するわけないか、などと考えて、僕は一人可笑しくなる。
まだ当分は、中央線の車窓からあの看板を見たいものだ。
シャルル・カノン
※公称によると、シャルルの初来日は十九歳となっている。中学生当時を日本で過ごしていたことや、原稿執筆当時に毎日中央線に乗っていたことなどを示す記述は、歴史的な新事実である。
また、本原稿が描かれたのは、シャルルが二十代後半のときであったものと推察される。
生涯の間に来日した回数は百回を超え、長い時だと半年も滞在して、日本文化や和食を楽しんでいたという。フランス政府が核実験の再開を発表した際も、「ヒロシマ」「ナガサキ」の地名を挙げ、真っ先に抗議の意を示したのがシャルルだった。
ノーベル文学賞を受賞した代表作「哀しき四季」でも、作品中の舞台となった場所は京都の祇園である。観光でやってきた主人公のフランス人が、舞妓と恋に落ちるというエピソードは、彼自身の体験を元に描かれている。
そんなシャルルの未発表の遺稿が、先日ボルドーにある別荘から発見された。
日本への思いを綴ったエッセイ「フランスより愛を込めて」の一部と見られる原稿だが、その中で彼は「吉祥寺」について触れている。
公称されている彼の経歴と照らし合わせると、本文内の記述との間に矛盾が生じている点(※)が専門家から指摘されているが、このほど筆跡鑑定の権威、パリ大学のピエール=ウィリアム教授によって、本原稿がシャルルによって描かれたものと断定された。
ここでは以下にその一部を紹介する。
吉祥寺駅から中央線の上り電車に乗り、進行方向に向かって右側の街並みを眺めていると、突如その看板が視界に現れる。
「ソープランド 入浴料6000円」
汚れでくすんでいる赤い文字。直接的すぎる業態表記に、幾ら取られるのか想像がつかない金額表記。住宅街の一角に佇むその看板は、まるで安っぽいコントのセットのように、とにかく滑稽で場違いだ。
だが当の看板は、乗客達の失笑や冷やかな視線などどこ吹く風。ソープランドがまだトルコと呼ばれていた二十年以上前から、変わらずこの場所に立ち続けているのだ。
僕が最初にこの看板を見たのは、今から十年以上前、恐らく中学生の頃だったように思う。
「ほら、あの看板見てみ!」
仲間達と中央線に乗っているとき、誰かが指差したその先に、看板は佇んでいた。僕達はそれを見て腹を抱えて笑い、事あるごとに話題のネタにしつつも、内心では密かに未知なる性への畏怖と好奇心を膨らませていたのだった。
あの看板がある建物の中には、どんな女がいるのか?どんなことをしてくれるのか?どんなに気持ちいいのだろうか?
童貞達の想像力の限界は、所詮エロ本やアダルトビデオで得た情報の範囲でしかない。肝心な部分にはいつもモザイクがかかっていて、知り得ることができないのだ。
だが僕達が高校生になると、仲間達は一人、また一人と童貞を卒業してゆき、例のソープランドを話題に出す回数も減っていった。
性体験だけではない。煙草や酒の味。バイクで風を切る感覚。不良に殴られる頬の痛みと恐怖。そんなことをひとつ、またひとつと知る度に、未知は少しずつ未知でなくなっていったのだ。
<中略>
吉祥寺は「住みたい街」に代表される人気エリアであるが、同時に東京都市部きっての歓楽街でもある。
街の一角ではキャバクラやランジェリーパブ、ピンクサロンやファッションヘルスなどが軒を連ね、「迷惑な客引き、この街にいらない」という立て看板の周囲で、ポン引きが誰かれ構わず声をかけまくっている。ホテル街では、国籍不明の中年女性が、片言の日本語で「マッサージいかがですか?」と近寄ってくる。集合住宅のポストには、タレントの写真を無断使用した出張ヘルスのチラシが、無造作に押し込まれている。
<中略>
大衆は常に新しい刺激を求め続ける。その欲求に対応するため、産業は常に新しく生まれ変わり続けなくてはいけない。努力を怠った店は、容赦なく潰れてゆくのが常だ。吉祥寺の風俗も当然、そのようにしてしのぎを削っているのだ。
そんな中で、例のソープランドだけは、時代の流れの外部に佇み続けている。老舗の風格なのか、逆らえぬ退廃を知っての諦めなのかは定かではないが、派手なネオン看板も無ければ客引きの姿も無く、まるで同じ吉祥寺とは思えないほど、いつもひっそりと静まり返っているのだ。
店舗の前を通りかかっても、客が入ってゆく場面に出くわしたことは無い。酔っ払った若者達が、ふざけ半分で入ってゆこうとする素振りをするだけだ。
僕はそれを見ながら、横浜で死ぬまで街頭に立ち続けたという娼婦「メリーさん」を思い出す。滑稽なのだが少しも笑えず、何故かやりどころのない悲しさを覚えてしまう。そんなメリーさんの姿と重なるのだ。
<中略>
吉祥寺のソープランドに行ったことがあるという数人に話を聞くことができた。だが、その証言は十人十色だ。
若い女性が現れたという者もいれば、中年女性、あるいは老女が現れたという者もいた。サービス内容についても、ここまでしかしてくれなかったという者がいれば、ここまでさせてもらえたという者がいた。
唯一共通しているのは、店の受付には人の良さそうな老人と老婆がいたということである。
なるほど、と思うのと同時に、話を聞いたことを少しだけ後悔した。中学生から高校生。そして高校生から大人になり、僕はさらに色々なことを知った。未知はさらに未知でなくなった。せめてこの店くらい、永遠に未知のままであって欲しいという、郷愁に似た思いが過ったのだ。
<中略>
僕は毎日のように中央線に乗るが、中学生の集団が同じ車両にいると、例の看板が見える箇所に差し掛かるとき、つい彼らを観察してしまう。十数年前の僕達のように、彼らがあの看板を見て大笑いすることを期待してしまうのだが、残念ながらまだその場面には巡り合えていない。
いっそのこと看板ではなく、車内の中づり広告に「ソープランド 入浴料6000円」載せてしまえばいいのに。いや、JRが許可するわけないか、などと考えて、僕は一人可笑しくなる。
まだ当分は、中央線の車窓からあの看板を見たいものだ。
シャルル・カノン
※公称によると、シャルルの初来日は十九歳となっている。中学生当時を日本で過ごしていたことや、原稿執筆当時に毎日中央線に乗っていたことなどを示す記述は、歴史的な新事実である。
また、本原稿が描かれたのは、シャルルが二十代後半のときであったものと推察される。
2009.07.23
キャンデイ・ハウス
甘くないキャンディ
けどときには甘い 奇妙なキャンディ
オレはそいつ 口いっぱいに頬張って噛み砕く
そんでオレの血や肉ができてゆくんだ
色とりどりのキャンディ
けどときには形さえない 奇妙なキャンディ
オレはそいつ つかめるだけつかんでぶん投げる
そんでオレ幸福感じたりしてるんだ
すっかり溶けちまったキャンディ
けど消えたわけじゃない 奇妙なキャンディ
オレは忘れてない その味食感香り全部
そんでオレ またそのキャンディ求めるんだ
キャンディハウス
そこはあなたの家でオレの家
好きなだけくつろいで そしてまた旅立とうぜ
アベフトシさんのご冥福をお祈りします。
合唱。
けどときには甘い 奇妙なキャンディ
オレはそいつ 口いっぱいに頬張って噛み砕く
そんでオレの血や肉ができてゆくんだ
色とりどりのキャンディ
けどときには形さえない 奇妙なキャンディ
オレはそいつ つかめるだけつかんでぶん投げる
そんでオレ幸福感じたりしてるんだ
すっかり溶けちまったキャンディ
けど消えたわけじゃない 奇妙なキャンディ
オレは忘れてない その味食感香り全部
そんでオレ またそのキャンディ求めるんだ
キャンディハウス
そこはあなたの家でオレの家
好きなだけくつろいで そしてまた旅立とうぜ
アベフトシさんのご冥福をお祈りします。
合唱。
2009.05.12
呪いにかかっているそうです
ある日の出来事だった。
所用で都心に出かけていた僕は、夕方少し前に地元の駅へ戻ってきた。
いつものようにSuicaを取り出し、駅の改札を潜り抜ける。
次の瞬間、電子音が鳴ったかと思うと、ゲートが閉じて行く手を阻んだ。
Suicaにチャージは十分してあるはずだ。僕はいぶかしく思いながら、仕方無しに駅員のいる窓へ回った。
「改札通れなかったんですけど・・・」
やや苦情の意を込めてそう告げる。
だが駅員は謝罪するどころか、無表情で僕の顔をじっと見つめると、こう言った。
「ああ、呪いですね」
「・・・呪いってどういうことですか?」
僕は苛立ちと当惑が入り混じった思いに駆られながら聞き返した。
すると駅員は不意に悲しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに幾度も頭を下げた。
「申し訳ありません。接触が悪かったようですね。どうぞ、もう一度タッチしていただければ通れますので」
「いや、呪いって何のことですか?」
僕の質問に、駅員は困ったような表情を浮かべる。
「は?何ですか、呪いって?」
「いや、あなたが言ったんでしょう?」
「いえいえ、私はそんなこと申しませんよ・・・」
らちが明かない。釈然としなかったが、急いでいたこともあり、僕は足早にその場を去った。
小腹が空いていた。駅を出てコンビニに立ち寄った僕は、飲み物や食べ物数点を持ってレジの前に立った。
「551円です」
と店員が告げる。僕が財布から小銭を取り出そうとした、次の瞬間だった。
大量の小銭が、派手な音を立てて床に飛び散った。
僕は慌てて床に屈み、小銭を拾い集めた。店員がレジ打ちを中断し、一緒に手伝ってくれた。
「すいません、ありがとうございます」
僕が礼を言うと、店員は小銭を拾う手を止め、無表情で僕の顔を見て、静かに口を開いた。
「呪いですね」
「・・・はい?」
僕は必死に言葉を搾り出した。先程の駅員といい、一体何だというのだ。
「呪いって、何ですか?」
僕が言葉を続けると、店員は不意に笑顔になり、小銭を拾う手を再び手際よく動かし始めた。
「何のことですか?」
「あなた、呪いっておっしゃいませんでした?」
「私がですか?いえ、そんなことは言っていませんが・・・恐らく、これで全部だと思います。はい、どうぞ」
店員は集めた小銭を僕に差し出すと、レジカウンターの前に戻っていった。
頭が混乱していた。冷静になろうと試みたが、とても無理だった。店員を問い詰めたかったが、次々と客がレジに並び始めたので、僕は諦めてコンビニを後にした。
その夜、ひょんな展開から女の子と寝ることになった。
かなり可愛らしく、スタイル抜群の女の子とである。一晩のアバンチュールというやつもたまには悪くない。
薄明かりだけを灯した部屋で、僕らは時間をかけて抱き合った。ムードは最高潮に達し、さぁこれから…というところで、思ってもない事態が発生した。
不能になってしまったのだ。
僕は頭を抱えたくなった。よりによって、なぜこのタイミングで。
僕は彼女に背を向け、必死に精神を統一させる。だが、焦ってもどうにもならなかった。
「どうしたの?」
僕の異変に気づいた彼女の声が、薄闇から聞こえてきた。
「いや、ちょっと、その・・・」
僕は言葉を濁したが、しらけた空気は明らかに彼女に伝わっているようだった。先程までのムードはたちまち消え、重苦しい沈黙が部屋を支配した。
不意に、彼女が言った。
「呪いのせいね」
「・・・何だって?」
僕は彼女の方を振り返り、めまいがするのを感じながら、かすれた声でそう言った。
駅員といい、コンビニ店員といい、彼女といい、一体何者なのだ。
そもそも、呪いとは何だろう!一体僕が何をしたというのだ!
そう思った瞬間、僕の理性は弾け飛んだ。
「訳が分からない!何だよ、呪いって!教えてくれよ」
僕がそう叫ぶと、しばしの間のあと、彼女はポツリと呟いた。
「伊参と深大寺よ」
「・・・何のことだよ?」
「あなた、過去に伊参スタジオ映画祭コンクールと、深大寺恋愛小説コンクールに落選してるでしょ?その呪縛が、あなたを苦しめているのよ」
「・・・!?」
言われて思い当たった。彼女の言うとおり、確かに僕はかつて「伊参スタジオ映画際」と「深大寺恋愛小説コンクール」に応募し、落選した過去がある。そしてリベンジに闘志を燃やすこともせず、のうのうと暮らしてきたのだ。
そういえばその二つのコンクールは、今年ももうすぐ締め切りのはずだった。
「僕は、その二つのコンクールに入賞する必要があるのか?」
僕の言葉に、彼女はあっさりと頷く。
「ええ、そうよ。簡単な話じゃない。面白い話を描けばいいだけ。ね?」
「もしまた落ちたら?」
「呪いは解けないわ。あなたは一生苦しむことになるの」
冗談じゃない。いつまでも呪いなんかに縛られるのはたまったものじゃない。
僕は慌てて下着を履いた。
「描くよ、オレ。今すぐ描いて、コンクールで賞を取るよ!」
彼女は微笑むと、僕に向かってウインクをした。
「がんばってね。呪いが解けたら、今日の続きをしましょうね」
いさま
http://www8.wind.ne.jp/isama-cinema/
じんだいじ
http://chofujintanren.blog69.fc2.com/
所用で都心に出かけていた僕は、夕方少し前に地元の駅へ戻ってきた。
いつものようにSuicaを取り出し、駅の改札を潜り抜ける。
次の瞬間、電子音が鳴ったかと思うと、ゲートが閉じて行く手を阻んだ。
Suicaにチャージは十分してあるはずだ。僕はいぶかしく思いながら、仕方無しに駅員のいる窓へ回った。
「改札通れなかったんですけど・・・」
やや苦情の意を込めてそう告げる。
だが駅員は謝罪するどころか、無表情で僕の顔をじっと見つめると、こう言った。
「ああ、呪いですね」
「・・・呪いってどういうことですか?」
僕は苛立ちと当惑が入り混じった思いに駆られながら聞き返した。
すると駅員は不意に悲しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに幾度も頭を下げた。
「申し訳ありません。接触が悪かったようですね。どうぞ、もう一度タッチしていただければ通れますので」
「いや、呪いって何のことですか?」
僕の質問に、駅員は困ったような表情を浮かべる。
「は?何ですか、呪いって?」
「いや、あなたが言ったんでしょう?」
「いえいえ、私はそんなこと申しませんよ・・・」
らちが明かない。釈然としなかったが、急いでいたこともあり、僕は足早にその場を去った。
小腹が空いていた。駅を出てコンビニに立ち寄った僕は、飲み物や食べ物数点を持ってレジの前に立った。
「551円です」
と店員が告げる。僕が財布から小銭を取り出そうとした、次の瞬間だった。
大量の小銭が、派手な音を立てて床に飛び散った。
僕は慌てて床に屈み、小銭を拾い集めた。店員がレジ打ちを中断し、一緒に手伝ってくれた。
「すいません、ありがとうございます」
僕が礼を言うと、店員は小銭を拾う手を止め、無表情で僕の顔を見て、静かに口を開いた。
「呪いですね」
「・・・はい?」
僕は必死に言葉を搾り出した。先程の駅員といい、一体何だというのだ。
「呪いって、何ですか?」
僕が言葉を続けると、店員は不意に笑顔になり、小銭を拾う手を再び手際よく動かし始めた。
「何のことですか?」
「あなた、呪いっておっしゃいませんでした?」
「私がですか?いえ、そんなことは言っていませんが・・・恐らく、これで全部だと思います。はい、どうぞ」
店員は集めた小銭を僕に差し出すと、レジカウンターの前に戻っていった。
頭が混乱していた。冷静になろうと試みたが、とても無理だった。店員を問い詰めたかったが、次々と客がレジに並び始めたので、僕は諦めてコンビニを後にした。
その夜、ひょんな展開から女の子と寝ることになった。
かなり可愛らしく、スタイル抜群の女の子とである。一晩のアバンチュールというやつもたまには悪くない。
薄明かりだけを灯した部屋で、僕らは時間をかけて抱き合った。ムードは最高潮に達し、さぁこれから…というところで、思ってもない事態が発生した。
不能になってしまったのだ。
僕は頭を抱えたくなった。よりによって、なぜこのタイミングで。
僕は彼女に背を向け、必死に精神を統一させる。だが、焦ってもどうにもならなかった。
「どうしたの?」
僕の異変に気づいた彼女の声が、薄闇から聞こえてきた。
「いや、ちょっと、その・・・」
僕は言葉を濁したが、しらけた空気は明らかに彼女に伝わっているようだった。先程までのムードはたちまち消え、重苦しい沈黙が部屋を支配した。
不意に、彼女が言った。
「呪いのせいね」
「・・・何だって?」
僕は彼女の方を振り返り、めまいがするのを感じながら、かすれた声でそう言った。
駅員といい、コンビニ店員といい、彼女といい、一体何者なのだ。
そもそも、呪いとは何だろう!一体僕が何をしたというのだ!
そう思った瞬間、僕の理性は弾け飛んだ。
「訳が分からない!何だよ、呪いって!教えてくれよ」
僕がそう叫ぶと、しばしの間のあと、彼女はポツリと呟いた。
「伊参と深大寺よ」
「・・・何のことだよ?」
「あなた、過去に伊参スタジオ映画祭コンクールと、深大寺恋愛小説コンクールに落選してるでしょ?その呪縛が、あなたを苦しめているのよ」
「・・・!?」
言われて思い当たった。彼女の言うとおり、確かに僕はかつて「伊参スタジオ映画際」と「深大寺恋愛小説コンクール」に応募し、落選した過去がある。そしてリベンジに闘志を燃やすこともせず、のうのうと暮らしてきたのだ。
そういえばその二つのコンクールは、今年ももうすぐ締め切りのはずだった。
「僕は、その二つのコンクールに入賞する必要があるのか?」
僕の言葉に、彼女はあっさりと頷く。
「ええ、そうよ。簡単な話じゃない。面白い話を描けばいいだけ。ね?」
「もしまた落ちたら?」
「呪いは解けないわ。あなたは一生苦しむことになるの」
冗談じゃない。いつまでも呪いなんかに縛られるのはたまったものじゃない。
僕は慌てて下着を履いた。
「描くよ、オレ。今すぐ描いて、コンクールで賞を取るよ!」
彼女は微笑むと、僕に向かってウインクをした。
「がんばってね。呪いが解けたら、今日の続きをしましょうね」
いさま
http://www8.wind.ne.jp/isama-cinema/
じんだいじ
http://chofujintanren.blog69.fc2.com/
2009.03.16
観終えた後は、あの人に会いたくなっているかも・・・
演劇集団(?)ムーンバーク 立ち上げ公演
−ジャンゴ−
4月25日(土)・26日(日)
@ ひつじ座(阿佐ヶ谷)
地図はこちら↓
http://www.aries-net.jp/hitsujiza/map.htm
START 14:00/18:00
TICKET 1500円(前売/当日)
-STORY-
「お前に必ず会いに行くよ。約束する。」
1930年代のパリ
−衝撃が世界に走った−伝説のギター&バイオリン。
三本指の天才ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト
心に迫るバイオリンの詩人、ステファン・グラッペリ
軽妙洒脱で奔放で、それでいてたまらなく哀切で・・
そんな音を体が覚えている。
2008年、東京。
誰もが心を擦り切れさせながら、生きている。
諦めや虚しさを、はったりと酒とタバコと
取ってつけた軽薄さで紛らわしながら。
でも、いつの日か、出会う、そして目覚める。
前世から繋がる想いが、旋律が
そして新しい絆が生まれる。
「ジャンゴにあいたい・・・。」
チケットは以下から予約できます。
どうぞよろしくお願い致します。
↓
http://moonbark.web.fc2.com/
−ジャンゴ−
4月25日(土)・26日(日)
@ ひつじ座(阿佐ヶ谷)
地図はこちら↓
http://www.aries-net.jp/hitsujiza/map.htm
START 14:00/18:00
TICKET 1500円(前売/当日)
-STORY-
「お前に必ず会いに行くよ。約束する。」
1930年代のパリ
−衝撃が世界に走った−伝説のギター&バイオリン。
三本指の天才ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト
心に迫るバイオリンの詩人、ステファン・グラッペリ
軽妙洒脱で奔放で、それでいてたまらなく哀切で・・
そんな音を体が覚えている。
2008年、東京。
誰もが心を擦り切れさせながら、生きている。
諦めや虚しさを、はったりと酒とタバコと
取ってつけた軽薄さで紛らわしながら。
でも、いつの日か、出会う、そして目覚める。
前世から繋がる想いが、旋律が
そして新しい絆が生まれる。
「ジャンゴにあいたい・・・。」
チケットは以下から予約できます。
どうぞよろしくお願い致します。
↓
http://moonbark.web.fc2.com/
2008.12.16
吉祥寺のバーにて
「強いんですね」
マスターはハイネケンの瓶の口にライムを滑り込ませ、ナッツの盛られた小皿と共に、青年の前に差し出した。
「そんなことないです。ただ今日は、ちょっと飲まずにいられない気分なんで」
カウンター席に座る青年は、そう言ってマスターに微笑を向け、6本目のハイネケンを口に運んだ。
店内にはジャズが流れている。ビル・エヴァンスのピアノ・トリオの曲だ。
青年は眠そうな眼差しを中空に漂わせながら、まるで機械仕掛けのような無機質な動作で、ハイネケンの瓶を空にした。音楽に合わせて、カウンターの上に乗せた青年の左手の指が、無意識に踊っている。
「バンド、抜けることになったんですよ」
不意に、青年は言った。それは独り言のような口調でもあり、マスターは一瞬、返事をするのをためらった。
「それはまた、どうして?」
「僕には、音楽以外にやらなきゃいけないことがあるんです。だから、辞めたんです・・・けど、何でしょうね。この空虚感というか、寂しさは」
青年の指先は踊り続ける。どうやら彼はピアノを弾いていたらしいと、マスターは察した。
「分岐点ってやつは、誰のところにもやって来ますからね。私もそうですよ。今の女房と出会う前、心から愛していた女性がいたんです。ささいなケンカで別れていまったのですが、あのまま彼女と結婚していたらどうなっていたんだろうとたまに思いますけど、答えなんか誰にも分からないんですよね」
マスターは言った。
先ほど、熟年のカップルが店から出て行ったため、店内に客は青年一人しかいなかった。
「そうですね、誰にも分からないですよね。ただ・・・」
青年はたっぷり十秒ほどの沈黙の後、笑顔を見せながら言った。
「決めたからには、その道を進むしかないんですよね。もう、引き返せない」
マスターも微笑み、青年が空にしたハイネケンの瓶を下げた。
「先ほどあなたが言った、音楽以外のやらなきゃいけないことって何ですか?」
マスターが尋ねる。
「物書きです。僕には書くことしかないんです」
言いながらも、青年の指はカウンターの上で鍵盤を叩き続けている。
マスターは優しく言った。
「もう一杯、いかがですか?」
青年は答えず、バッグからCDを取り出すと、マスターに手渡した。
「リクエスト、いいですか?」
マスターはうなずき、CDをセットした。
スピーカーから曲が流れ始めた。
『嘘だろう?どうしてなんだろう?全てが今、壊れかけてる
寂しくて かき混ぜた涙は今 明日に変わる
やりたいことをやって来た これからもきっと変わらない
変わってゆく 隣を見ながら
雨の降る朝は 雨で踊る
傷が痛む日は 傷で踊る はねる 歌うんだ・・・』
「これ、僕がやってたバンドの曲なんですよ」
青年は目を細めて呟いた。
「素敵な曲ですね。思わず踊りだしたくなります」
マスターが言う。
「でしょ?」
青年は得意げに言った後、マスターに告げた。
「ハイネケン、もう一杯」
「かしこまりました」
音楽はいつの間にか、まるで潮のように、バーの空間に満ちていた。
青年はカウンターに置かれたハイネケンに手をつけず、ぼんやりと音の波間を漂っていた。
『月が照らす夜は 固く頷いて
星の12時は この日々照らす 照らすんだ 照らす 照らすから・・・』
【2年間、応援ありがとうございました!】
http://bowlingman.uijin.com/
マスターはハイネケンの瓶の口にライムを滑り込ませ、ナッツの盛られた小皿と共に、青年の前に差し出した。
「そんなことないです。ただ今日は、ちょっと飲まずにいられない気分なんで」
カウンター席に座る青年は、そう言ってマスターに微笑を向け、6本目のハイネケンを口に運んだ。
店内にはジャズが流れている。ビル・エヴァンスのピアノ・トリオの曲だ。
青年は眠そうな眼差しを中空に漂わせながら、まるで機械仕掛けのような無機質な動作で、ハイネケンの瓶を空にした。音楽に合わせて、カウンターの上に乗せた青年の左手の指が、無意識に踊っている。
「バンド、抜けることになったんですよ」
不意に、青年は言った。それは独り言のような口調でもあり、マスターは一瞬、返事をするのをためらった。
「それはまた、どうして?」
「僕には、音楽以外にやらなきゃいけないことがあるんです。だから、辞めたんです・・・けど、何でしょうね。この空虚感というか、寂しさは」
青年の指先は踊り続ける。どうやら彼はピアノを弾いていたらしいと、マスターは察した。
「分岐点ってやつは、誰のところにもやって来ますからね。私もそうですよ。今の女房と出会う前、心から愛していた女性がいたんです。ささいなケンカで別れていまったのですが、あのまま彼女と結婚していたらどうなっていたんだろうとたまに思いますけど、答えなんか誰にも分からないんですよね」
マスターは言った。
先ほど、熟年のカップルが店から出て行ったため、店内に客は青年一人しかいなかった。
「そうですね、誰にも分からないですよね。ただ・・・」
青年はたっぷり十秒ほどの沈黙の後、笑顔を見せながら言った。
「決めたからには、その道を進むしかないんですよね。もう、引き返せない」
マスターも微笑み、青年が空にしたハイネケンの瓶を下げた。
「先ほどあなたが言った、音楽以外のやらなきゃいけないことって何ですか?」
マスターが尋ねる。
「物書きです。僕には書くことしかないんです」
言いながらも、青年の指はカウンターの上で鍵盤を叩き続けている。
マスターは優しく言った。
「もう一杯、いかがですか?」
青年は答えず、バッグからCDを取り出すと、マスターに手渡した。
「リクエスト、いいですか?」
マスターはうなずき、CDをセットした。
スピーカーから曲が流れ始めた。
『嘘だろう?どうしてなんだろう?全てが今、壊れかけてる
寂しくて かき混ぜた涙は今 明日に変わる
やりたいことをやって来た これからもきっと変わらない
変わってゆく 隣を見ながら
雨の降る朝は 雨で踊る
傷が痛む日は 傷で踊る はねる 歌うんだ・・・』
「これ、僕がやってたバンドの曲なんですよ」
青年は目を細めて呟いた。
「素敵な曲ですね。思わず踊りだしたくなります」
マスターが言う。
「でしょ?」
青年は得意げに言った後、マスターに告げた。
「ハイネケン、もう一杯」
「かしこまりました」
音楽はいつの間にか、まるで潮のように、バーの空間に満ちていた。
青年はカウンターに置かれたハイネケンに手をつけず、ぼんやりと音の波間を漂っていた。
『月が照らす夜は 固く頷いて
星の12時は この日々照らす 照らすんだ 照らす 照らすから・・・』
【2年間、応援ありがとうございました!】
http://bowlingman.uijin.com/

